"常識"よ さらば
 
 
 前回、「ある常識の殻を、唯物論というハンマーで木っ端微塵に打ち砕く」と予告しました。
 
 そのある常識とは、人類の大半は精神的に健康であるというものです。
 
 しかし、実際には逆で、人類の九割以上が、精神的に不健康である、というのが真実なのです。
 
 これは再養育について調べまわっていた頃、偶然拾った情報でした。この話に出会った瞬間、私が長年世の中に感じていた違和感が氷解しました。後に、当会の提携医を努めていただいている山岡氏からも同様の話を聞き、確信を深めました。
 山岡氏の話によれば、この説は二十年ほど前に米国東部で行われた、二万人という大人数を相手取った調査が元になっているそうです。これは、統計学的に、信頼に足る数字です。
 
 これをさらに、消去法を使って裏付けてみたいと思います。
 多くの方々は「人類の大半は精神的に健康で、不健康な者はごく僅か」という、冒頭で述べた常識を前提に物事を考えていることと思います。しかし、その前提に立つと、あまりに理に適わないことが多いのです。
 
 これを考察するには、まず「精神的に健康とは何か?」ということを定義しなければいけません。
 
 まず、「社会で問題なくやっていけること」を健康とする考え。多くの人がこれを支持するでしょう。しかし、これは「では、問題とは何か?」「その問題はなぜ問題なのか?」など、定義の連鎖が限りなく続き、論拠とするにはあまりに抽象的です。はっきり言って思い込みの域を出ていません。
 たとえば、クライエントに横柄な態度を取る弁護士がいたとします。弁護士ですから経済的、社会的には問題ない状態といえますが、この人物に敬意や親しみを覚える人間はいないでしょう。これを果たして精神的に健康といっていいものでしょうか。
 
 次に、精神医療界のバイブルとも言うべきガイドライン、DSM−IVに抵触していないことだという考え。これも、正しくありません。DSM−IVもまた、「人類の大半は精神的に健康で、不健康な者はごく僅か」という思考を前提にしており、そこにパラドックスがあります。ニュートラルな前提から「精神的に健康とは何か?」という哲学を経て生まれたものではないのです。
 さらに、DSM−IVは医者がこれは病気だと定義してしまえば、簡単に新しい病気として登録されてしまう傾向が伝統的にあります。DSM−IVは、実は結構いい加減なのです。根拠にするには、少々危なっかしいものだといえます。
 
 こういったものは、もっとシンプルに切り込むのが一番です。
 
 「心が安息であること」
 
 これを、私は精神が健康であることの要件であると主張します。実にシンプルですが、それゆえに的確であると確信します。
 これでは抽象的に過ぎるので、具体的な鑑定方法を挙げましょう。それは、再養育療法の親役が完遂できるか否かです。
 
 再養育療法は、心の健康な人間にしか行うことができません。
 まず、非常に強い精神的タフネスを求められます。心の根底が脆い人間は、これに耐え切れずに簡単にへし折れてしまいます。
 次に、再養育には無償の愛情が欠かせませんが、心が不健康な人間にはこの無償の愛情が出せません。人間、自分が体験していないことは再現できないからです。たとえ無理矢理、無償の愛の振りをしても、必ずその無理が行動のどこかに出、被再養育者はそれを敏感に感じ取ってしまいます。偽りの無償の愛では、被再養育者を安心させることが出来ないのです。
 「自分の身内なら無償の愛も出せるが、他人では無理だ」などと言う人間も、精神的に健康ではありません。苦しんでいる人間を平然と見殺しに出来る人間はどう弁解しても健全とはいえないでしょう。
 このようにして、分け隔てなく愛情を与えられる者=精神的に健康な者である、ということを証明することができるわけです。
 
 このように精神の健康さを定義できるようになると、人類の大半が精神的に不健康であることも容易に説明が付くようになります。
 それは、人類が未だに戦争も、犯罪も、自殺も、苛めも、その他諸々の社会問題も克服できていないという、厳然たる事実です。精神的に健康な者は、無闇に争いを挑んだり、己の命を絶ったりしません。
 
 では、なぜこのような分かり易い事実を目前にしながら人類はその大半が精神的に健康であるなどという迷信から離れられなかったのでしょうか。次回はその辺について考察してみたいと思います。
 
 
 
追記
 
 なお、この話をするとほぼ必ず言われるので前もって断っておきますが、私自身は「精神的に健康な人」に幸運にも入っているなどと言う思い上がったことは言い張る気はありません。
 むしろ、誰もそんな話しをしていないのに、このような詰問をする方こそが、「自分だけは大丈夫」という高慢な深層意識を抱いているものです。
 
 

 
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